斎藤は耽けた。

日常で思いついた話とか、日記のようなもの。

シルクドゥソレイユ、キュリオス。

 

 

 

 

あのサーカス劇場は全てが観客のために用意されたものでした。舞台のあるところに入るまで、入ってからの席の配置、開始10分前のショー、始まってから終わるまで、全てがエンターテイメントでした。どきどきやわくわく、わっと驚く瞬間。その感情が全てシルクドゥソレイユの手のひらの上でした。最高の一言に尽きます。陳腐ですが今でもそれらの演目は目を閉じるとマブタの裏に蘇ります。彼らの息遣い、体の使い方、表情、声、全てに大技をやることの恐怖や死や怪我への恐怖などがなくて、全てがポジティブなもので覆われていました。最高でした。

 

ただ、一箇所だけネガティブと呼ぶのも憚れるワンシーンがあって、そこが実は一番好きだったりします。このブログも、実は彼のことを残しておきたくて書いていたりします。

さてどんなところかと言うと、サーカス団員の一人が生死に関わるような大技を決めたところです。正直その大技は動きが少なくて地味なものでした。観客の反応もトランポリンや空中ブランコに比べるとよくありませんでした。でも彼は、その大技を決めた瞬間、笑顔のまま大粒の涙とも汗とも取れない体液を頬から落としたんです。あれがキュリオスの本質だったと思います。今でもその涙の透明さを覚えています。そして、大技を決めたあと即座に観客の反応を察知して、下がり始めた足場でもっと危ないものに挑戦し、成功し、それを誰にも拍手されずに終えた彼の虚しそうな顔のことも、私は忘れないと思います。忘れることは一生ないでしょうし、私は死ぬまで彼に拍手を送り続けると思います。

ああいうものに私は弱いんですよね。ああいうのって生きてるなって感じがして好きです。人が生きる上で避けられない虚しさに直面している人を見るとどうにも愛おしくなります。

 

あ、あの演目の名前を書いていませんね。

ローラ・ボーラ

です。

恐れ知らずのパイロットは観客のために飛んでいましたよ。みなさんも覚えておいてあげてください。

 

サーカスは見ていない人に過剰に語ると劣化する代物ですので、ここまでで。

 

以上です。