斎藤は耽けた。

日常で思いついた話とか、日記のようなもの。

あんまり読まないほうが良い話。

 

 

 ブログというのは何を書いたらいいのかわからないものだ。昔からそうだ。インターネットはよく触っていたし、WEBとかも作れるし、その他も少しならわかる。つまりインターネットのことが少しはわかる。でも、ブログはどうか。私はブログに対してはなにもわからない。インターネットは少しわかる、どんな言葉が美しくて、どんな詩が良いのかもわかる、どんな絵画がいいのかもわかる、良い映画も、悪い映画も、良い人も悪い人も、クズの人生の作り方も、幸福を作るための調味料もわかる、QWERTYもわかるし、これは2バイト文字というのもわかる、小説の書き方もわかる。でもブログはわからない。私がわからないことはまだある。特に、不特定多数の人間に頼ることはよくわからない。ブログとはそういうものなのかもしれない。だとしたら私はブログには向かない。ならば私は君らに頼ろうとは思わない。これは私という罹患者のセラピー的な何かだとしたい。アウトサイダーアートのようなものだ。これは治療の一環で、ここに描き出される様々は単なる薬の幻覚に襲われた哀れな病人のたわごとだと思ってほしい。

 

 

前置きがないと話せない人間というのはあまりにも滑稽だ。

 

ではそろそろ本編にいこう。

本編というのには理由がある。この世界で真実なのは絶対的な嘘として描かれた物語のみだからだ。現実には真実と虚構が入り混じって存在していて、どれが本当でどれが嘘かわからない場合がある。まず君が見ているこの文字は本当に黒か?私はこの文字を黒だと思っているが、違う目を持っているのだから私の言う黒は君にとっては赤かもしれない。私の世界では君の見る赤が黒なのだ。つまり私の目で君がこの文章を見たら真っ赤な文字が並んでるように見えるかもしれない。これを証明できるかな。それと同じように現実には嘘と本当が入り混じっている。だが、嘘として描かれた物語は絶対に嘘である。だとしたら信じられるのは嘘だけで出来た物語の方だけじゃないか。わざわざ傷付く必要はない。嘘だらけの方が全てを疑えばいいんだから楽だろう。そう、私たちは現実ではなく物語に生きるのが一番賢いんだ。つまり物語に浸っている一瞬こそが人生の本編なのだ。

 

 

 

 

 

書きすぎた、では本編へ行こう。あ、上記の話が気になった人はクオリアで検索。

 

 

 

 

 

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20xx年、完璧なアンドロイドを作るという人類の夢は失敗に終わった。
その副産物として生まれたのが延命治療の一種であるアンドロイド化だ。
倫理の問題から生きている人をアンドロイドにするのは禁止されたが、事故死した人間をアンドロイド化するのは合法となった。
仕組みとしては機械に死んだ人の脳みそを入れるというものだ。
昔は脳細胞の急速な老化に悩まされたらしいが、今となっては元々生きるはずだった寿命分生きられるらしい。
寿命分、という変な言い方をするのは時間計算ではないからだ。
人は休息をしながら生きていくがアンドロイドには残念ながら回復機能がない。
疲労はそのまま死ぬまで持ち越されていく。
人は疲労に疲労を重ねたら息切れするが、アンドロイドはそれがずっと続いているようなものらしい。
だから生きられたはずの時間よりアンドロイドは早くに死ぬ。
長生きをしたければ電源を付けっぱなしにせずこまめに切り、あまり電源を付けないことだと企業は説明している。
この場合の長生きとは一ヶ月前後を示し、短命とは丸々八時間を示す。
パソコンよりも短命だ。
それでも遺族は嬉しいのだろうかと僕はよく考えたものだった。
死者を穢してる気分にならないのだろうかと。
そういう疑問があったからという訳ではないが、僕はアンドロイドを買った。
型番は100-i90NB。
脳みそは一週間前に死んだ彼女のものだ。

彼女の下半身は事故でなくなってしまっていたので、上半身のみが送られてきた。
顔も体型も髪型も生前を意識して作られていた。
左腰の辺りにパチンと鳴る昔ながらの電源スイッチがあった。
それをオンにすると彼女はいつも起きた時みたいに瞬きを二、三度してから僕を見つめ、安心したように微笑んで「おはよう」と言った。
身体は機械になってもその声の調子と仕草は変わっていなくて、僕は思わず電源を切った。
少しずつ電気が切れていくにつれて目が閉じ動きが止まっていく彼女の顔には微笑みが張り付いたままだった。
僕を見た時だけ見せてくれるその微笑みに僕は強い愛情を感じて何度も励まされたものだけれど、今だけは少しそれが残酷だった。

夜になるまで僕はそれを仕舞っておくことにした。
包装されてきた箱に詰め直して、棚でその箱を挟み倒れないようにして。
夜になったら、また開けようと思った。

夕飯を食べ終わって風呂に入って繋がってから、眠るまでのなんでもない時間。
僕と彼女はその時間に抱き合って他愛の無い話をするのが日課だった。
その時間が僕は一番好きだった。
あれをもう一度だけ味わいたくて、僕はこれを買った。
それ以外の時に電源を付けてしまうのは、なんだかとても勿体なかった。
なにより、今もう一度電源を付けたらもう二度と電源を切れないと思った。

 

夜になって、月が出て、僕が1日の疲れと食事の香りをお湯で流した後に、アンドロイドを隣に寝転がらせて電源を付けた。
彼女は右を下にしないと眠れないから、壁際が彼女の特等席だった。
アンドロイドも、壁際に寝転がらせた。
そのためにスイッチは左の腰にしてもらった。

古めかしいスイッチのパチンという音と共に、昼は聞こえなかった鈍くて太い起動音が聞こえる。
「おはよう。」
頭一つ小さな彼女は顔を上げて腕の中から僕の顔を見上げた。
「匂いがしないね。」
続けざまに不思議そうに呟いていた。
僕は「風邪ひいてるんじゃないの。」なんて誤魔化して鼻をつまんだ。
彼女は首を左右に揺らしながら引いて指から逃れる。
「そうかも。」
照れ笑いが含まれたその言葉と共に彼女は僕に抱き付いてきた。
「死んじゃってたら風邪もなにもないじゃない。」


それから僕らは、いつもみたいに他愛のない話をした。
彼女は死んでいて、僕だけ生きていることなんて構わずいつも通りに。
才能の話とか、努力の話とか、人との付き合い方とか。
そんな話をした。

いつもと変わらないけれど、話す度にどんどん深くなっていくこれらの話題が僕は大好きだった。
少しずつ世界が紐解かれていくみたいで、あと40年この話を続けていたらどういう結果が出るのかとうきうきしたものだった。
君はどうだったのかななんて、この期に及んでも聞けなかったのは僕の弱さだ。

二人の時間を割くように一時の消灯のアラームが鳴った。
もう何年も僕らは一時を消灯と決めて、それから先は寝ることに集中する約束を取り決めていた。それのアラームだ。
寝なくていいのに、僕は電気をベッドの横にある間接照明だけにして「おやすみ」なんて言って彼女の頬に口付けて電源を切った。
すっかりアンドロイドであろうと君がいる安心感で一週間ぶりにまともな睡眠をとった気がした。
アンドロイドの電源を切ってから先の記憶は僅かな夢と心地良い温もりしか覚えていない。
それだけ深い眠りだった。

朝起きると、君の目が開いていた。
吸い込まれそうなほど真っ黒な目で、君は僕を見ていた。
「おはよう。」
いつもの調子で、いつもの微笑みで告げられた挨拶に対して、ただ電源スイッチを探るだけの僕は何も返せなかった。

「電源ね、ちゃんと切れてたんだ。でも、付けちゃったんだ。ごめん、寝顔が見たくて。ごめんね。」

「ああ、ごめん。ごめん。」

「なんで謝るのさ。」

喋りにくそうな彼女の倒れかけたスイッチをきちんとオンにしてあげると、僕はそのまま彼女を強く抱き締めた。